「え?」驚く穂香に生徒会長は、困ったように微笑みかける。「僕もクラスの居心地が悪くてね。昼休みは、いつもここにいるんだ。君とは理由が違うんだけど」「そうなんですね……」その理由は、初対面の穂香には教えてくれなさそうだ。「だから、いつでもここにおいでよ。僕でよければ相談にのるから」「ありがとうございます!」穂香がお礼を言うとチャイムが鳴った。あと5分で昼休みが終わる。生徒会長はお弁当を片づけて立ち上がった。穂香が「あっ、お弁当を食べる邪魔をしてしまいましたね」と伝えると、生徒会長は「いいんだ、いつも多すぎて食べきれないから」とため息をつく。「じゃあ、また」「はい」生徒会長の背中が見えなくなった頃、どこに隠れていたのかレンが姿を現した。「どうでしたか?」「それが……。いつでもここに来ていいって。相談にも乗ってくれるって」「やるじゃないですか」「自分でもビックリだよ。友達になれたわけじゃないけど、生徒会長と顔見知りにはなれたと思う」「素晴らしい成果ですね! さすが穂香さん」手放しでレンが褒めてくれるので、なんだか照れくさい。「では、最後の恋愛相手に会いに行きましょうか」「最後は、先生だよね」「そうです」レンの言葉を聞いた穂香は、ずーんと心が重くなる。「先生と生徒の恋愛なんて、マンガやゲームの中だけの出来事だよ。現実では無理だって」「大丈夫ですよ。ここはゲームの世界なので」「あっ、そうだった……」穂香がため息をつくと、また風景が変わり、目の前に文字が浮かんだ。【同日 放課後/職員室前】「まさか、職員室の中に入っていけとは言わないよね?」「入るしかないんじゃないですか?」「他の先生もたくさんいる中で、松凪先生と仲良くなれと!?」「大丈夫です。他の先生はモブなので、あなたには見えませんよ」「そうでした……」「しっかりしてください」と言いながら、レンはまた小さなメモ帳をめくる。その様子を見ながら、穂香は『無理でもなんでも、結局やるしかないんだよね』とあきらめた。「もう、今日の授業の質問でもして無理やり先生に話しかけるよ。それで、先生の情報は? 何者なの?」またどこかの御曹司や財閥の跡取りなのかもしれない。穂香が、『とりあえず、お金持ちには違いない』と思っていると、レンは予想外なことを言った。「先生は、世界で一
穂香のほうを振り返った先生は「おっ、白川。どうした?」と自然体で話す。穂香は事前に考えておいた質問をした。「あの、先生。さっきの授業で分からないところがありまして……」「うん? どこだ?」そう言った先生は、フッと噴き出す。「おい、白川。質問するなら、自分の教科書ぐらい持ってこい」「あっ!?」「まぁいい。俺のを貸してやるから。どこだ?」先生に教科書を借りて、「ここです」と伝えると丁寧に教えてくれる。いつもながらダルそうな雰囲気をまとっているが、穂香に対して、少しも嫌そうな顔をしない。(こういうところが、いろんな生徒に好かれるんだろうなぁ)そんなことを思っているうちに、先生の説明が終わる。「分かったか?」「はい、ありがとうございました」「分からないところがあればいつでも来い」穂香は、礼儀正しく頭を下げてから職員室を出た。職員室の入り口では、レンが待ち構えている。レンの顔を見たとたんに、穂香は全身の緊張が解けるような気がした。おかしな状況だけど、味方がいるということが、とても心強い。「どうでしたか?」「あ、うん。分からないところを質問して教えてもらったよ。いつでも質問しに来ていいって」自分のことのように喜ぶレンを見て、穂香は深いため息をついた。「一日でどっと疲れたんだけど」カバンを取りに行くために、重い身体を引きずるように教室へと向かう。そんな穂香の後ろを、レンは足取り軽くついてくる。「穂香さん、よく頑張りましたね。それで、恋愛相手達は、どうでしたか?」「どうでしたかと言われても……」挨拶したり、顔見知りになったり、質問したりくらいしかしていないが、それでも穂香は分かったことがある。「いや、誰とも恋愛なんて無理だよ? 皆、顔がいいし、スペック高いし、平凡な私とは生きている世界が違うって! もっと普通の人はいないの?」「いませんよ」レンに言い切られて、穂香は泣きたい気分になった。「この恋愛ゲームの世界で恋愛できる男性は、高スペックなのが一目で分かるように髪と目の色が変えられているんですよ。ですから、例えなんらかのバグが起きて、穂香さんに他の男性の姿が見えても、髪や目の色が一般的なら恋愛相手にはなれません」淡々と説明するレンを恨めしそうに穂香は見ていた。そして、ふと、レンの髪と目の色が緑色なことに気がつく。「そうい
穂香が自室のベッドで目覚めると、いつもの文字が目の前に浮かんだ。【10月6日(水)朝/自室】(これは、昨日『レンと恋愛する』と決めたあとに、次の日の朝まで飛ばされたってことだね)昨日『もう起こしに来なくていいよ』と伝えたおかげか、ベッド横にレンの姿はない。でも、迎えに来てくれているようで、姿の見えない母が「早く下りてきなさい。レンくん、外で待ってるわよ」と教えてくれる。「はーい、すぐ行く」穂香がベッドから下りるとまた場面が変わり、目の前に【同日 朝/通学路】の文字が浮かんだ。穂香は、またいつの間にか朝ご飯を食べて、身なりを整え制服に身を包んでいる。そして、当たり前のように、穂香の隣を制服姿のレンが歩いていた。「おはよう、レン。もしかして、幼なじみは、一緒に登校するっていう設定なの?」「おはようございます、穂香さん。はい、そうです。私はサポートキャラなので、基本、あなたと一緒に行動することになりますね」「だったら、すぐに仲良くなれそうじゃない?」のんきな穂香を見て、レンは眉間にシワを寄せる。「仲良くなるのと、恋愛するのは別かと」「え? 今更だけど、もしかしてレンって他に好きな人いる……?」「いませんよ。だからといって、あなたのことを好きになる未来は想像できませんが」キッパリとした拒絶に、穂香は内心あせった。(『相手が事情を知っているほうが楽だよね』と思っていたけど、相手が事情を知っているからこそ、恋愛するの難しいかも?)遠慮がちにレンに尋ねる。「ちなみに、レンの好きな女性のタイプは?」「あまり意識したことがないですが、そうですね。物事に積極的に関わっていき、問題解決に尽力する女性は好ましいですね」「消極的な私と真逆のタイプ!」穂香はチラッとレンを見た。「あの、今から恋愛相手の変更は……?」「できません」ニッコリと微笑むレンに「だから、あなたのことは恋愛対象に見れませんと言ったでしょうが」と強めの圧を送られてしまう。「ま、まぁ、じゃあ恋愛とかはさておき、とりあえず私達、友達になろうよ、ね?」「友達も『なろうよ』と言われて、すぐになれるものでもないでしょう?」「確かに……」今のクラスに友達がいない穂香としては、レンの言葉に心の底から納得してしまう。2人のため息と共に、場面転換が入った。【同日 朝/教室】穂香とレン
珍しく優しい笑みを浮かべていたレンは、穂香の視線に気がつくとサッと表情を消す。そこには、いつも通りのレンがいた。(私の見間違え、かな? それとも積極的な姿を見て好感度が上がったとか? いやでも、こんな簡単なことで好きになってはもらえないよね……)穂香がぐるぐる考えているうちに、風景が朝の教室から放課後へと変わる。【同日 放課後/廊下】目の前に現れた文字を見ながら、穂香は「これは実行委員の集まりに行けってことね」とつぶやいた。「そういうわけで、レンは先に帰っててね」「えっ、それは……」なぜか驚いているレンを、穂香は不思議そうに見つめる。「何か問題ある?」「……いえ」何か言いたそうなのに、レンから続きの言葉は出てこない。(もしかしたら、私には言えないことなのかも?)幼なじみのサポートキャラだからとずっと一緒にいるが、よく考えたら数日前に出会ったばかりの他人。お互いに知らないことばかりなはず。それなのに、いつのまにか本当の幼なじみのような気になってしまっていた。「えっと、行ってくるね」レンと別れた穂香は、3年生の教室へと向かう。(3年生のクラスに来るの緊張する……)そんなことを考えていると教室の扉の前に立っていた穴織が、穂香に向かって手を振った。「白川さん、こっちこっち! 来てくれてありがとう」人懐こい笑みを浮かべる穴織。(穴織くんが、人気がある理由がよく分かるなぁ。でも、だからこそ、こんな爽やかイケメンと私が恋愛なんて無理だよ)3年1組の教室に入る穂香の視界に、青、黄のカラフルな髪色が見えた。恋愛相手候補しか見えないこの異質な世界で、穂香が見える数少ない人達が揃っている。真っ青な髪の松凪先生が「よーし、みんな集まったか? ほらお前らもさっさと席につけ」と言ったので穂香と穴織は慌てて席についた。「今年の文化祭実行委員の顧問、松凪だ。よろしくな。会議は、生徒会長に進行してもらうから、皆、静かに聞くように」その言葉を受けて、先生の代わりに、金髪の生徒会長が教壇に立った。「では、さっそく、文化祭までのスケジュールを説明いたします」プリントが配られたときに、穂香は自分だけカバンを持ってきていないことに気がついた。(あっ、しまった。筆記用具がいるんだ!)生徒会長の説明を聞きながら、他の実行委員達はメモを取っている。穂香が何か言
小さく悲鳴を上げてしまった穂香を、穴織が驚きの表情で見つめている。「え、白川さん? どうやってここに?」『この娘、ワシらの張った結界をすり抜けてきたようだ』いつもは人懐っこい穴織の瞳が、とたんに鋭くなった。穴織は、右手に持っている武器に話しかけているように見える。「ジジィ、どういうことや?」『じじぃ言うな、こわっぱめ。先代御当主様と呼ばんかい!』(えっと……穴織くん、武器と話してる?)穂香は、今まで読んだマンガの知識を総動員した。(これは、ようするに『話す武器』ってこと?)しかも、『先代御当主様と呼べ』と言っているので、あの武器には穴織のご先祖様の意思なり魂なりが宿っていると推測できる。(いやいやいや、少年漫画の主人公みたいな人が出て来ちゃったよ!? 恋愛ゲームだよね、これ?)気がつけば、真っ赤な穴織の瞳が、まるで不審者でも見るように穂香を睨みつけていた。「白川さんは、敵か?」『さぁな。今の段階ではなんともいえぬ。ただ、この学園内でおかしなことが起こっているのは確かだな』「まぁ、その怪異を解決するために俺が派遣されたからな……」穴織達はコソコソと話しあっているが、なぜか穂香にははっきりと聞こえた。もし、レンがここにいたら、『これもこの世界の仕様です』と言いそうだ。会話を整理すると、穴織はこの学校で起こっている不思議な事件を解決するために転校して来たらしい。(これって、もしかして、穴織くんが学校内の怪異ってやつを解決したら、ゲームクリア扱いされて、私が告白されなくても、この世界から脱出できる可能性ないかな? 逆に穴織くんに敵認定されたら、即ゲームオーバーになりそうな気もするけど……)穂香と穴織が、お互いに『どうしたものか』と見つめ合っていると、穴織が先に視線をそらした。「とりあえず、白川さんの件は保留や」『娘の記憶は消しておけ。騒がれると面倒だ』「分かった」まっすぐこちらに歩いてきた穴織の表情は硬い。穂香は逃げようとしたが、足が地面に縫い付けられたように動かなかった。穴織の人差し指と中指が、そっと穂香の額にふれる。ふれられた箇所がじんわりと温かくなっていく。「白川さんは、ここでは何も見なかった」怖いくらい真剣な穴織の顔がすぐ近くにあった。徐々に薄れていく意識の中で穂香は『これって失敗!? やり直しになるの?』とあせっ
「別の世界線では、穴織くんが主役になれる……。なるほど」確かに話す武器を持って化け物の戦っている穴織は、主役級のストーリーがありそうだ。そう納得した穂香は、ハッと気がつく。「じゃあ、生徒会長や先生にもそういう隠された秘密があるってこと!?」「そうなりますね」「どうして、この世界は平凡すぎる私に、そんなキャラの濃い人達と恋愛させようと思ったの!? 絶対に無理でしょうが!」頭を抱えた穂香に、レンは「深く考えたら負けですよ」と微笑みかける。「夢なのに、なかなか冷めないし……。やっぱりもうレンに好きになってもらうしかないよ」穂香が縋るように見つめると、レンの瞳がスッと細くなる。「それこそ無理だって言っているでしょう? 人の心はどうにもなりませんよ。そんなことより、せっかく穴織くんの秘密が分かったのだから、今回は諦めてやり直して、穴織くんと恋愛したらいいのでは?」「いや、怖いから無理! 私はレン以外と恋愛は無理だから!」レンは、深いため息をついた。「そもそも、私があなたを好きになるためには、あなたも私のことを好きになる必要があるのでは?」「そっか……そうだね。恋愛をするんだから、お互いに歩み寄らないといけないよね」それが分かっても恋愛経験ゼロの穂香には、何をどうしたらいいのか分からない。穂香は、改めてレンのいいところを探してみた。「えっと、素敵なメガネですね」「それってもしかして、私をほめて仲良くなろうとしています?」「うん」「でしたら、もっと他に言い方があるでしょうに、まったくあなたという人は……」レンのあきれた視線が穂香に刺さる。「だって私、付き合ったことはもちろん男友達すらいたことがないんだって! だから、私に恋愛は無理だって言っているのに……」うっかり涙ぐむと、レンはまたため息をついた。「あなたに恋愛経験がないことくらい知っていますよ。でも、ここは恋愛ゲームの世界なんですよ? 難しく考えずゲーム感覚で頑張ってみては?」「ゲーム感覚……ということは、レベル上げとか?」穂香の言葉を聞いたレンは「と、言うと?」と言葉の先をうながす。「ほら、ゲームってレベルを上げたら強くなるでしょ? だから、私は女子力レベルを上げて、レンの好みの女性を目指すのはどうかな?」「なるほど」「で、レンの好みは『積極的に問題を解決する人』だよね?
レンと並んで通学路を歩いていると、風景が変わった。【同日 昼/教室】「うわっ、お昼まで飛ばされた!?」驚く穂香の横で、レンが考え込むように腕を組んだ。「恋愛に繋がるイベントが何も起こらなかったということですね」「そ、そうなんだ」「そもそも、サポートキャラの私との恋愛イベントが、この世界に存在するのかすら怪しいですが」「うっ、それを言われたらつらい! でもだからこそ、自分でイベントっぽいことを準備して来ました」穂香は鞄の中からお弁当を2つ取りだした。「すごい食欲ですね」と言うレンにひとつ渡す。「それはレンの分だよ」「私? いえ、私は食べません」「そんなこと言わずに! せっかく持ってきたんだから」半ば無理やりお弁当を押し付けると、レンはしぶしぶ受け取る。「……うーん……」お弁当のフタを開けたものの、食べようとはしない。穂香は、卵焼きをお箸で掴むとレンに差し出した。「はい、あーん」「怒りますよ?」「そんな怖い顔しないでよ! これでもレンに好きになってもらうために頑張ってるんだから」必死な穂香に戸惑ったレンは、遠慮がちに口を開けた。そのまま、パクッと卵焼きを食べる。無言で咀嚼するレンを、穂香は心配そうに見つめた。「どう?」「味はいいですね」「うんうん、そうだよね!」レンは「あとは、私がお腹を壊さないかですね」と深刻な顔をする。「失礼な……大丈夫だよ。それ作ったの私じゃなくてお母さんだから」穂香はふと視線を感じて振り返った。そこでは、すごいものを見てしまったというような顔で穴織がこちらを見つめていた。「あ、穴織くん?」化け物と戦っていたことが頭をよぎり、穂香の声は思わず震える。でも、穴織は昨日のことなんてなかったかのように、いつも通りだ。(そっか、穴織くんは、私の記憶を消したと思っているから、私もいつも通りにしないと)穂香がニコッと作った笑みを浮かべると、穴織は大げさな動きで頭を抱えた。「自分ら幼なじみとか言って、ガッツリ付き合ってるやん!」「付き合ってないよ」否定した穂香のあとにレンも続く。「付き合ってませんね」「じゃあレンレンは、付き合ってない女子に、あーんで食べさせてもらったん?」「そうですね。流れで仕方なく」穴織は「こっちの学校はすごいなぁ」と感心している。「まぁ、自分らが付き合ってないならちょ
【同日 夜/自室】いつのまにかパジャマに着替えた穂香は、一人ベッドに腰かけていた。(もう夜になってる。恋愛イベントがないときは飛ばされるはずなのに、飛ばされないということは……)穂香の手元には穴織から貰ったおまじないの紙と、そのやり方が書かれた紙がある。(このおまじないが、恋愛イベントに関係あるってことだよね? でも、レンはやるなって言ってた)悩む穂香の前に透明な2つのパネルが現れた。それぞれのパネルには『おなじないをやる』『おまじないをやらない』と書かれている。(選択肢が出てきたってことは、かなり重要なイベントなんじゃないのこれ?)どちらのパネルを押そうか迷った末、穂香は『おまじないをやる』パネルにふれた。そのとたんにパネルが光り消えてなくなる。(失敗してもループするだけだから、やるだけやってみよう!)穂香はおまじないのやり方にサッと目を通す。(まず、『好きな人を思い浮かべながら針で指を刺し、おまじないの紙の中心に自分の血をつける』って、だいぶ本格的……。おまじないというよりヤバイ儀式っぽい)その紙を折りたたんで枕の下に敷いて寝ると、思い浮かべた人の夢が見れるらしい。そして、次の日に、この紙をこっそりと学校内のどこかに埋めるとおまじないが完成すると書かれている。(ふーん? これを何回も繰り返すと、夢が現実になって恋が叶うんだよね? 本当かな)針で指をさすのはなかなか勇気がいったが、やるしかないと覚悟を決めた。おまじないの準備を終わらせると、枕の下におまじないの紙を入れる。(この状態で寝たら、好きな相手の夢が見れるんだよね? 私、レンのこと、別に恋愛相手として好きじゃないけど、おまじない成功するのかな?)そんなことを考えながら穂香は、そっと目を閉じた。*穂香が目を開けると、学校の教室に緑髪の青年が佇んでいた。(レン、だよね?)どうしてそう思ったかというと、レンがトレードマークともいえるメガネをかけていなかったから。穂香に気がついていないのか、レンは教室の天井を見たり、机にさわったりしながら、首を捻っている。「夢をコントロールする機能なんて、この世界にはないはずなのに……」そんな呟きが聞こえてきた。「レン」穂香が声をかけると、レンは驚きながら振り返る。「穂香さん? まさか、本当にあのおまじないに効果があったなんて」
(紫色の髪?)しかもフードの下に隠されていた顔は、とても整っていた。(女性……ではなく、色白イケメン!? あれ? この人、私の恋愛相手候補とかじゃないよね?)混乱する穂香をよそに、涼は紫髪の青年をにらみつけている。「おまえ、こんなことをして何が目的や」冷たい問いかけに、青年は首をかしげた。「あれ? 勇者じゃなかった。君、誰?」「それはこっちのセリフや!」「わっ、ちょっと待って! 私は戦闘得意じゃないから!」涼の攻撃をかわしながら、青年は何もない空間に手をかざした。すると、そこに穴が開く。穴の中は真っ暗だ。その穴の中に、青年が飛び込むと同時に穴も消える。「涼くん、大丈夫?」穂香は、呆然としている領に駆け寄った。「大丈夫やけど……」涼の瞳は、先ほど穴が開いた空間を見つめている。「あいつ、穴を開けた上に、閉じた」「それって、何か問題が?」穂香の質問には、おじいちゃんが答えてくれた。『化け物は、穴を開けられるが閉じることができん。だからワシらが代わりに閉じて回っている』「ということは、さっきの人は化け物じゃないってこと?」『分からん。より強い化け物の可能性もあるな』「そんな……」『先ほど涼も言っていたが、そもそも、この学校を取り巻く気配がおかしい』赤い瞳が穂香を見つめている。「穂香、も
涼が言うには、学校全体が怪異に飲み込まれてしまっているそうだ。「学校全体が!?」「早く犯人探しをせんと……」涼が校内に入ると、着ている制服が変わった。それは、夢で見た軍服と着物を混ぜたような制服だった。「涼くん。それ、前の学校の制服なんじゃ……? あ、髪も伸びてる」涼の長く赤い髪は、一つにくくられていた。「ここに来る前は、そういう感じだったんだね」「み、見んといて……」「え?」「お、俺の黒歴史、見んといてぇええ!!」「ええ!?」涼は、半泣きになっている。「ちゃ、ちゃうねん! これは、俺の趣味じゃないから! だって皆、こういう制服やったし、穴織家の一族のもんは、力が強くなるからとかいって、髪を伸ばしてて!」「落ち着いて、大丈夫だよ! その姿、夢の中では何回か見てるし! それに、その姿もすごくかっこいいよ! ほ、ほら、アニメとか漫画のコスプレみたいで!」その言葉が涼の傷をえぐったらしく、涼は「あああああ!」と叫びながら頭を抱えている。『涼! 遊んでいる場合か!?』「はっ!? そうやった! 犯人を捜さんと!」すばやく周囲を見回した涼は、「アカン、怪異の影響で学校内に入った生徒の服装が変わっとる! 誰が誰か分からん!」と首をふった。穂香には、相変わらずモブの姿は見えていない。『この中から瘴気の発生源を追えるか?』「無理やな。学校中に変な気が充満してて、元をたどれへん」『ならば……穂香なら犯人を見つけ
【同日 夜/自室】(涼くんと別れて、自分の部屋まで帰ってきてる)なぜか夜の自室にいる自称幼馴染のレンには、もう慣れてしまった。「穂香さん、お帰りなさい」「ただいま……」「なんだか元気がありませんね? 穴織くんと、うまくいってないんですか?」「そうじゃないんだけど。ねぇ、レン。この恋愛ゲームの世界ってハッピーエンドあるよね?」レンは、緑色の瞳を大きく見開く。「もちろんありますよ。ゲームなんですから」「そうだよね? だったら、もし、涼くんに不幸な設定があったとしても、私がなんとかできる可能性ってあるのかな?」「あるでしょうね。恋愛相手が不幸な状態では、向こうも告白なんてしてくれないでしょうし」「だよね⁉ じゃあ、やっぱり私が涼くんの問題を解決できるかもしれないんだ……そうと分かれば」穂香は勢いよく立ち上がった。「明日に備えてもう寝る!」「頑張ってくださいね」レンが立ち上がると、風景が変わった。【10月11日(月) 朝/玄関】(あれ? 日曜日が飛ばされて月曜日になってる!?)『頑張る!』と張り切ったものの、何をしたらいいのか分からず、1日がすぎてしまったようだ。(家にいてもイベントが起こらなかったから、学校に行けば何か起こるかな?)玄関を開けると赤い髪が見えた。こちらに気がついた涼は、ニコッと明るい笑みを浮かべる。「穂香、おはよう!」「おはよう、涼くん」
それからは、配布する用のプリントを印刷したり、文化祭準備の手順を確認したりして、気がつけばお昼どきになっていた。【同日 昼/教室】目の前に浮かんだ文字を見て穂香は、向かいの席に座り作業している涼に「お腹空いたね」と声をかける。「ほんまや、もうこんな時間か!」あわてて立ち上がった涼は、「行こう!」と、穂香に右手を差し出した。「どこへ?」「そりゃあ、もちろん『遊びに』」満面の笑みの涼に手を引っ張られると、風景が変わった。【同日 昼/商店街】(学校から、商店街に飛んでる)そこは、学校付近にある商店街だった。学校帰りの寄り道は禁止されているが、ここはひそかな寄り道スポットとして、生徒の間では有名だ。「穂香、ここで買い食いしよ!」「え? う、うん、いいけど……」「どこか行きたいところ、ある?」「ごめん。私、学校帰りに寄り道したことないから、どこのお店がいいのか分からない」「そうなん!? 実は俺もなくて」「ええっ!? 涼くんはあるでしょう? だって、友達多いよね?」「いや、放課後は、いつも学校の怪異を調べてたから、本当にやったことないねん!」「そうなんだ……。じゃあ、今日は、端からお店を全部見てみる?」穴織の表情がパァと明るくなる。「よっし、行くで! 穂香」「おー!」その後、2人は楽しく初めての食べ歩きを楽しんだ。【同日 夕方/商店街】
どれくらい1人で泣いていただろうか。(なんてひどい設定なの? ……ん? 設定?)穂香は、ふと自分が恋愛ゲームの世界に閉じ込められていたことを思い出す。(ちょっと待って。ゲームなんだから、バッドエンドがあれば、ハッピーエンドもあるはずだよね?)穴織が死んでしまったら、もちろんバッドエンド。ハッピーエンドでは、穴織が生きていないと、とてもじゃないがハッピーなどと言えない。(ということは、このゲームの主人公である私の頑張り次第で、穴織くんの問題が解決するんじゃないかな?)一度、レンに相談しようと立ち上がると、スマホがピロンと鳴った。(涼くんからだ。どうしたんだろう?)画面には『朝からごめん。今日、会える?』と書かれている。穂香は『うん、大丈夫』と返しながら誘ってもらえたことが嬉しくて、ニコニコしている自分に気がついた。(あれ? 私……けっこう涼くんのこと好き、かも?)恋愛ゲームだ、なんだかんだと言っていたので今まで気がつかなかったが、いつの間にか涼に惹かれていたらしい。(ま、まぁ、あんな素敵な人と一緒にいて、好きにならないほうが難しいか)そこで穂香は、ハッと気がついた。(土曜日に外出ということは、私服デートってことだよね!? ど、どうしよう、私、デートに着ていけるような可愛い服なんて持ってないよ)あわててクローゼットを漁っていたら、またスマホがピロンと鳴る。画面を確認すると、涼から『良かった! じゃあ、朝10時に学校の校門待ち合わせで! 文化祭実行委員の仕事をするから制服で来てな』と書いてあった。
穴織の姿が見えなくなると、風景が変わる。【同日 夜/自室】(あれ? 次の日まで飛ぶかと思ったら、まだ夜だ。ということは、何かイベントが起こるかも?)しかし、もう夜も遅いので、涼はもちろんのこと、サポートキャラのレンもいない。(私は何をしたらいいの?)部屋の中を見渡すと、机の上におまじないの紙を見つけた。(これ、前に使ったやつだ。おまじないは、この紙を学校のどこかに埋めたら終わりって涼くんが言ってたっけ)ということは、このおまじないは、まだ終わっていないということ。(もしかして……)穂香は使用済みのおまじないの紙を枕の下にもう一度入れた。ベッドに入り、目をつぶるとすぐに意識がまどろんでいく。*【夢の中】教室に、白い制服を着た涼が立っていた。それは、昨日見た夢とまったく同じ光景だった。(やっぱり! このおまじない、まだ終わってなかったんだ!)長い赤髪が風に揺れている。光る武器を持ち佇む涼は、穂香に気がついていない。『来たのか、娘よ。確か名は穂香じゃったかの?』「はい。えっと、あなたは涼くんのおじいさん、ですよね?」『まぁ、そんなものじゃな。おぬしには、特別に【おじいちゃん♡】と呼ばせてやろう』冗談なのか本気なのか分からないので、とりあえず穂香は「あ、ありがとうございます」と返した。「じゃあ、おじいちゃん。涼くんは、どうしたんですか?」
「穴織くん、いらっしゃい。ど、どうぞ」「……お邪魔します」脱いだ靴を綺麗にそろえるところに、穴織の育ちの良さがうかがえる。 「私の部屋は2階で……」「あの、白川さん。今、部屋の中に、レンレンがいたような気がしてんけど?」「あ、うん。ちょうど遊びに来ていて……」穴織は「白川さんの、その発言が嘘じゃないことに驚くわ」とため息をついた。「と、言うと?」「だって、白川さんは今日、学校を早退したんやで? 俺も今、抜けてきたところやし…。レンレンがここにおるの、おかしくない?」穴織に嘘はつけない。穂香は本当のことを言うしかなかった。「そのことだけどレンは、登校したら私達が校門で話していて怪しかったから、今日は学校を休んだって言っていて……」「ふーん」こちらに向けられた探るような眼差しがつらい。「わ、私の部屋はこっちだよ」部屋に案内すると、部屋の中からレンが良い笑顔で手を振った。「穴織くん、いらっしゃい」「うぉい!? 白川さんの部屋やのに、自分の部屋のごとく、めっちゃくつろいでるやん!?」穴織からのツッコミを、レンは「穂香さんとは、幼馴染ですので」の一言で片づける。穂香も「本当にレンは、ただの幼馴染で……」と伝えると、穴織に「分かっとる、分かっとるけど……幼馴染って、こんな距離感が普通なん?」ともっともな質問をされてしまった。「さ、さぁ?」
穴織は「ところで……」と咳払いをする。「さっきも聞いたけど、白川さんは見えないものが見えるだけじゃなくて、ジジィの声も聞こえてるねんな?」探るような視線を向けられた穂香は、素直に「うん」とうなずいた。「え? マジで?」サァと穴織の顔から血の気が引いていく。「俺、なんか変なこと言ってなかった?」「ううん、言ってないよ。でも、穴織くんって何者なの? 嘘が分かるっていってたよね?その『ジジィ?』さんも……」穴織が「あ、あー……」と言いながら困ったように頭をかいた。「うん、まぁ、全部は話されへんけど、話せるところは話すわ。でも、ちょっと待ってほしい。今は、この学校で起こってることを調べなアカンから……」「分かった。私は帰ったほうがいいかな?」「うん、そのほうが助かる! あとで電話するわ」明るい笑顔で手をふる穴織に、穂香が手を振り返すと風景が変わった。【同日 昼/自室】(あっ、学校から家の自室まで飛ばされてる)レンが「おかえりなさい」と微笑んだ。「穂香さん、今日は早かったですね。学校を早退してきたんですか?」「うん。今、学校でおかしなことが起こっていて。って……レンはどうしてここにいるの!?」「登校したら、校門であなたと穴織くんがバラがどうとか言っているのを聞いて、何かヤバそうだなと思い、即、帰宅しました」「……そこは、私のために『サポートしてやるか』的な流れにはならないんだね」
穴織は、穂香の腕をつかむと、人がめったに来ない非常階段の踊り場まで連れて行った。「何が目的や?」冷たい声だった。「お前……白川さんに成り代わってんのか? それとも、『白川穂香』なんていう生徒は、初めからおらんかったんか?」「え?」穂香が、戸惑いながら穴織を見つめると、サッと視線をそらされた。「ほんま、最悪や。警戒していたはずやのに、いつの間にか心を許して、友達やと思ってた……」胸ポケットからは『むしろ、それ以上の好意が芽生えそうじゃったからな。いや、もう手遅れか? 最悪の初恋じゃのう』とのんきな声がする。無言で胸ポケットを叩いた穴織は、ハッとなった。「もしかして、ジジィの声も、ずっと聞こえてんのか?」穴織は、胸ポケットから光る武器を取り出した。小さくなっていた武器は、取り出したと同時に元の大きさへと戻る。「どこからが計画や」穂香が一歩、後ずさると、穴織は一歩近づく。「どうして、俺に近づいた? 早く言わんと……」壁際まで追い詰められた穂香は、穴織から放たれる殺気のようなものに圧倒されて声すら出せない。(い、言わないと、殺される!)なんとか声を絞り出す。「……ぁ、わ、私……」穂香は、自分が恋愛ゲームの世界に閉じ込められていることを話した。